書き溜め漂流記

食後すぐ横になるのが好きな人間の毎日。メランコリックと共存しています。

バレンタインの話

2月も2週目がやってきた。

 

 

あと数日でバレンタインがやってくる。

 

買い物に出かけるとあちらこちらにバレンタインデーの文字が躍る。

 

眩しい…

 

 

正直クリスマスに続きあまり関係のないイベントのため、何もしないのだが。

 

今年は何か面白いチョコレートでも自分で食べるために買おうかなと。

 

受験生はそれどころではないだろうが、小学生の頃からこの日は学校に行くのが3割り増しくらいで嫌だった記憶がある。

 

クラスの女子たちが頼んでもいないのに駅前のティッシュの配りのごとく義理チョコを配り歩くからだ。

 

ほぼ全員に。

 

恐らく本命には別のもっとちゃんとしたものを用意しているのだろうけど。

 

 

買ったものはまだいいのだが、大して仲良くない人間による手作りというのは怖さがある。

 

たいてい手作りと言ってもチョコを流し固めて上からなんかカラフルな粉をかけたやつ。

 

だったら板チョコの1枚でももらった方がマシだ!

 

硬すぎて歯が折れるかと思ったことが何度かある。

 

人の歯を折りたいという特殊な奴が溢れかえる恐ろしい日。

 

さらにちょっとした焼き菓子だと、もっと最悪。

小麦粉を使っているとその家の独特の匂いがお菓子から漂ってくるのだ。

 

わかるだろうか。

おばあちゃん地に久しぶり帰った時のようなあの、香りが、プワンと。

 

あの匂いがどうしてもダメでチョコレートが入っていないものはこっそり少し実家の犬にあげたりしていた。

 

というわけで未だに人の手作りお菓子はなんとなく苦手だ。

 

ある女子は、放課後に校門の外で、足りない分のチョコレートを母親に持たせてくるということもあった。

軍の配給のようである…

 

2年目以降はそれに見つからないよう、チョコレート嫌いのクラスメートとともに裏門から帰るのが決まりだった。

 

ありがた迷惑だなぁと思い、かと言って目の前で捨てることもできないので渋々家に持って帰った。

 

もらえるだけいいじゃないかとも言われそうだが、美味しくないものを好きでもない奴からもらうのは苦行という。

 

中学生の頃は毎年バレンタインの前後は学校を休んだりサボるようになった。

 

あの友チョコとか義理チョコ文化というのはなんなんだろう。

 

もらってしまったら最後、翌月のホワイトデーにはなんかしらを返さなくてはならない。

 

一度無視して何もあげなかったら、死ぬほど文句を言われてだるい思いをした経験がある。

なぜ仲間内だけで完結できないのか。

 

そんなしょうもないイメージがついてしまったが、基本的にはいい日だと思う。

 

何でもない日に恋人にちょっとしたプレゼントを贈ることや、感謝の気持ちを伝えるのは素敵なことだ。

 

相手がいれば、の話だが。

 

毎年ここをクリアするのがまずもって難関である。

 

 

ちなみに私は今年自分のように購入したいチョコレートが1つある。

 

これ↓

 

 

 

ゴリラを牛乳に入れて溶かしながら楽しむというもの。

 

毎年いくつかのメディアが取り上げたり、SNSで話題になるのだがまだ手にしたことがない。

 

ココアが好きなのでホットチョコレートというのはさらに贅沢な感じがして自分用にぴったりだ。

 

溶けていく様を見ながらのカフェタイムは、拷問を眺めて楽しむサイコパスのよう。

 

楽しみである。

そんな素敵なバレンタインを今年は過ごしたい。