書き溜め漂流記

食後すぐ横になるのが好きな人間の毎日。メランコリックと共存しています。

ハンバーグの話

今日はお昼、なぜだか突如としてハンバーグを作りたい気持ちに駆られ

 

先程まで挽き肉をこねくり回していた。

 

ハンバーグを食べたい。

 

ではなく

 

ハンバーグを作りたい。

 

 

 

正直ハンバーグはあまり好きではない。

 

ハンバーグは微妙なのにハンバーガーは好き、基本的に肉を加工したものをあまり積極的に食べない。

 

ソーセージ、肉団子、ハム、シュウマイらへんだろうか。

 

嫌いではないが特別食べたいということは滅多にない。

 

おそらく昨日寝る前にTasty made Japanの動画を見たせいだな…

 

ということで挽き肉をケチって木綿豆腐を混ぜた豆腐ハンバーグを作ることにした。

 

こねられればいいのだ。

 

まな板も包丁も使わず

 

挽き肉

木綿豆腐半丁

カット野菜(もやし)

コショウ

 

をそのままボウルに打ち込んでぐっちゃぐちゃにまぜる。

 

豆腐を潰すというちょっと食べ物で遊んるかのような背徳感…

 

 

全部目分量。

 

あとなんとなく卵も入れてみた。

 

ヘルシーを意識してつなぎの小麦粉は入れない。

 

私の思いつきクッキングは基本手抜きなので洗い物も少なめ、あと今回は豆腐の水切りもせず混ぜた。

 

そのせいか混ぜたタネから恐ろしいほど水分がシミ出てボウルはベチャベチャ。

 

フライパンで焼こうにも、煮込みハンバーグのような仕上がりでいい色の焦げ目をつけられなかった。

 

そのおかげか割とふっくらに出来上がった。

 

肉汁、というか豆腐汁が滲み出たフライパンにウスターソースとチューブにんにくをいれて煮詰めたソースをかけたらできあがり。

 

目分量豆腐ハンバーグだ。

 

見た目はあまりよろしくないものの、野菜も入れたので健康的なランチになった。

 

しっとりしていてなかなかうまくできたと思う。

 

これで当分は捏ね欲から開放される。

 

洗い物が少ないというのもいいな。

 

ただ、ハンバーグを作るたびに毎回思うのだが挽き肉をいれた容器の洗い物はどうしてあんなに死ぬほどめんどいのだろうか…!

 

洗っても洗っても脂が取れない。

こねくり回した手も指の隙間までゔぇたゔぇただ。

 

妙に嫌なしっとり感…

 

 

お湯を沸かしてボウルに流し入れた。

 

 

手に熱湯をかけるわけにはいかないので私の手はまだしっとりしている。

 

そうだプラスに考えよう。

 

ハンバーグを作ると手が潤う。

 

 

天然のハンドクリームだ…

 

 

 

風水の話

コロナで収入が不安。

 

そんな人も多いはずだ。

 

私もこんだけのんびり生きておいて無いわけではない。

 

そもそも物欲がなく、遊びに行くこともほぼないので余計な出費は少なめな方だが。

 

 

やはり来月以降を考えるとどうなるか不安なところはある。

 

そこを考え出すときりがないので、

 

 

最近は玄関と水回りをめちゃくちゃきれいにするようにしている。

 

困ったときの神頼みとはいうが、もうめちゃくちゃきれいにして運気をあげようとしている。

 

流し台、キッチン、トイレ、風呂場などなど。

 

余計なものをおかず、掃除機とコロコロとウェットシートを駆使し磨きまくっている。

 

ついに同仕様もなくなって風水に頼り始めたのだ。

 

心なしか道端で小銭が落ちているのによく遭遇するようになった。

 

お会計で3つ買ったのに2つ分しかカウントされていなくて後で気がついたり(その場で気がついたら自己申告する心はまだある)。

 

思いがけず臨時収入があったり。

 

ドーン!大金!ということはないが

 

ちょこちょことそういうのが増えた。

 

 

もちろん掃除するときに

 

「金〜〜〜!金くれ〜〜〜〜〜〜!」

 

と言いながら掃除しているわけではない。

そんな欲どおしい人間になんか神様も寄り付かない。

 

初詣なんかのお参りも、お願いごとをするのではなく感謝をすることが本来の目的というくらいだし。

 

あと単純にキレイな水回りは心を豊かにしてくれる。

 

以前以上に家にいる時間も増えたので気になることも増えた。

 

とりあえず飲みかけのビールやらチューハイをそのままにしたりゴミを溜めることはやめたのだ。

クサイし。

 

意外と当たり前のように思えて、私のように鬱気味な人はこのあたりをおろそかにしがちだ。

私もそうだから。

 

でも一回重い腰を上げてピッカピカにすると気持ちいい。

 

次はステップアップして花でも飾ろうかなとか、ディフューザーでも置こうかなとか。

 

これでまた#丁寧なくらし

に一歩近づいてしまったな。

 

 

日頃使ってるものや場所に感謝して大事に使うってなんかいいなぁと思ったので書いてみた。

 

 

 

 

…よこしまな気持ちは、なくはない。

お酒の話でもという話

 

 

昨日おととい。

数少ない友人と会って最近の他愛もない話をしてきた。

 

まぁ会って話をしたとて話の主軸は「仕事をどうやって放棄するか」なのだが。

 

 

早い時間に外で酒を飲むのは普段あまりないので、新鮮であれはあれで楽しい。

 

楽しく解散した後、飲み足りなくなった私は千鳥足で帰り道のコンビニに寄って、ビールと酎ハイなどを買い込んだ。

 

今日は抑えめにしよう…

 

そう思った時点でもうすでにかなり酔っ払っていたのだが私なりに酔っ払いながら気を使った買い物をした。

 

帰る時間も惜しく歩きながらフラフラ酒を飲んで家に向かった。

 

家に入って靴を脱いだ瞬間私の中の何かかが切れた。

 

さっきまでの楽しいという気持ちから憂鬱な気持ちに、人目を気にしなくてよくなった瞬間切り替わる。

 

 

玄関で片手に持っていたビールのあまりを一気に飲み干し、家に入った。

 

飲み始めると止まらなくなってしまうのだ。

 

そこから換気扇の下で買った酒を延々と飲み続けた。

 

これが私の中でいうゾーンに入るという状態だ。

 

気がついたら朝だった。

 

…ハッ。。

 

 

 

別に友人と会うことが苦痛だったのではなく、ちょっと鬱っぽいメンタルがあるときに酒を入れると何かの拍子で鬱鬱鬱になる。

 

 

これをやり過ごすとそのあとは晴れやかな気持ちになるのだ。

 

 

とはいえ、かなりの飲酒量なので翌日は晴れやかというよりかは具合が悪くて何もしたくない、鬱より体調不良が勝っているという。

 

 

晴れやかはその二日酔いが抜けた後なのでしばしの辛抱。

 

鬼のような吐き気。

 

お酒の失敗談はまた色々あるので別で話していこうと思うが、お酒って何度二日酔い三日酔いになろうが失態を犯そうが、忘れた頃にはまたがぶ飲みして死ぬほど後悔する。

 

人間とは愚かだ。

 

わかってる。

 

わかってんだよ、だけどどうしようもねェんダァな。

 

気持ち悪くて頭も痛くて、自分の半径数メートルの空気が澱んでいて食欲もなければ、酒なんか見るだけで吐きそうになる。

 

 

朝起きて自分の周りに転がってる空き缶を見て吐いたことは何度あったことか。

 

吐瀉物を処理しながらセルフもらいゲロをするのがルーティンだ。

 

汚い話でごめんなさい。

 

本当にこの世の終わりを20歳過ぎてからで何度体感したのかわからない。

 

二日酔いのときって脳みそが僅かながら動いてる部分を必死こいて稼働させるから、平常時には考えないような変なことを考える。

 

あーもしきっと、地球に隕石が絶対ぶつかるってなったらこんな感じで何もする気起きないんだろうなぁ、とか。

 

アホすぎる。

 

「もう二度と飲まない」という発言を今まで何回してきただろう。こんな時人はn回目と表現するんだろうな。

 

 

人間がつく「怒らないから言ってごらん」、「一緒にゴールしよう」に並ぶ大ウソである。

 

あれほど飲みたくないと思っても、そんなことはあっという間に忘れ、また酒を流し込む。

 

時間と都合の許す限り、気持ちよく酩酊したい。

ただそれだけなのに、気が狂ったかのように飲んでしまうのはなぜなんだ。

 

私は不眠症も相まって酒で潰れないとしっかりねれない。

 

酩酊状態からの昏睡が熟睡と言えるのかよくわからないけど、何もしたくないどうしようもないときはさっさと飲んでさっさと寝潰れる。

 

これに尽きる。

 

孤独死のサイン~~~ってドリカムのメロディーが聞こえるね。

 

だって生きて呼吸してるだけでもしんどいことがこの世には多すぎる。

 

食べることも忘れて酒浸りにもなりたくなる。

 

というかお酒の味をしめちゃったら、それでごまかすよねきっと。

 

 

ということでちょっと元気になりました。

憂鬱の話

ここ数日また気が上手に乗らず

 

鬱期が強まってきた気がする。

 

何か特別あるわけではなくててこういうタイミングはいきなりやってくる。

 

 

そのときによって波があるが、このゾーンに入ったなとある程度わかるようになると切り抜けるまでじっくり耐えるか、とことんまで自分を追い込んでドンっとしんどい時間を作って一気に終わらせるかのどちらかを取る。

 

追い込むのはしんどいがその分短く済むので、その方が気が楽になることもある。

 

 

自分が憂鬱になりやすいのはもう物心がついた頃から。だと思う。

 

 

楽しいことがあっても、その場を素直に楽しめずに何かを常に心配していたり

何かソワソワと落ち着きがなかった。

 

学校生活やお稽古先でもそうで、周りの大人たちはただ恥ずかしがり屋でおとなしい子と捉えていたようだが今思うとそんなもので済まされない。

初めての人がいるところはどこに行くのも怖くて、同い年のこどもが苦手だった。

友達が少ないのは今に始まった事ではなかった。

 

あとは失敗するのがとにかく怖くて学校の実技科目が嫌いだった。

体育があると保健室に逃げ込むくらい。

 

休み時間にみんなが校庭や屋上で遊んでいても、ほとんど教室で本を読んだり、塗り絵をしていた。

 

 

人が怖いとか、何もしたくないとか、そんな決してプラスとは言えない気分が日々ベースなのは慣れたと言えば慣れた。

 

何がきっかけだったかはなんとなくいくつか思いつく。

 

 

 

 

突然だが

 

私は自殺を図ったことがある。

 

 

「死にたい」って何か辛いときとかやらかしたとき、言ったことある人は多いだろう。

 

そんなもんじゃなかった。

 

死にたいという”願望”を通り越して、「死ななくてはいけない」というものだったと思う。

 

 

おかげさまで私は未遂で終わり身体障害や知的障害なども残らず今生きている。

 

 

 

当時、駅のホームに行けば、ものすごいスピードで入ってくる列車を見つめることもあったし、丈夫な手すりを見つければ首吊りがうまくいきそうだとかそんなことばかり考えていた。

 

ここではなぜかそうなったかをとりあえず書かないが、その当時もうとにかく死ななきゃいけないと思った。

 

苦しいを通り越して、自分が生きているかよくわからなくなってしまったから。

 

何を食べても美味しくない、何を見ても感動しない、何に触れても感覚が薄れていってどうしようもないむなしさだけだった。

 

 

何でも自由にできるはずなのに、心に自由がないというか何かに縛られているような気持ち。

 

そんな中で、毎日毎日この言い表せない感情に耐えられなくなって私は気がついたら死のうとしていた。

 

失敗したため、私は今こうやって記事を書いているのだが、その後措置入院という形で、精神病棟に数ヶ月入院させられた。

 

その当時の話はまたどこかでおいおい書いていきたい。

 

簡潔に言うと、地獄だった。

 

そして、治療の一環としてあそこでの生活が意味があったかというと私の場合はなかった。

 

強いて言えば、もう2度と入院したくないので自殺の抑止力になってるという意味では効果があったと思う。

 

 

 

 

そんなこんなで今は環境がガラッと変わり、というか自分で変えてきて、なるべく自分が生きやすいところに身を置いている。

 

100点な生活ではないがそれなりに気に入っている。

 

 

だが今でも本気でどうしようもなく死んでしまいたいときがある。

この世の終わり、鬱を通り越して終末期だ。

でもそれは一時的なものだと時間を経てそう思うようになった。

 

 

かつてのこの経験の話をできる人は現実でいない。

 

知っている人間も何人かいるがタブーとして触れてこないし、私からもまず話すことはない。

 

以前、自分がこの人なら話せると思った人に話をしてみたところ

 

その人との間には深い溝ができた。

 

軽い気持ちじゃなくて真剣に言葉を選んで伝えたつもりだったが、理解されないものとして終わってしまった。

 

 

そうか、本気で死にたい気持ちっておかしいことなのか。

 

ショックだった。

 

今でも死についてはなかなか話すことができないテーマとして私の中にずっと浮かんでいる。

 

 

少なくとも私の周囲には本気で死を選ぼうとした経験のある人間はいなかった。

 

そう考えることすらなかったみたいだ。

 

 

私はたまたま出会ってこなかったが、言えない、言わないだけでたくさんいるはずなのに。

 

なんでこんなに禁忌扱いされるのか、不思議だ。

 

軽い気持ちで「あー死にたい」っていうのはいいのに、本気で死ぬことを考えるのはおかしいとされる。

 

あいつはヤバい、メンヘラだとか異常だとか。

 

頭がおかしいと思われて人が離れていくこともあった。

 

まぁそれはそれでいい、そういう人と縁がなかっただけなので。

人間関係の断捨離にはちょうどいい。

 

私は今でも死というものについて毎日のように考えている。

 

でもそれを実行することはおそらくもうないと思う。

 

 

社会通念上では自殺は”ダメ”だ。

 

だがその理由は絶対的なこれというのがない。

 

パッと思いつく、周りの人が悲しむからという理由では反論の余地がある。

 

 

でも自殺が”良い”とされる理由もまたない。

 

私はこの誰もが納得する自殺が”いい理由”を見つけるまでは死んではいけないと思った。

 

 

なんだよ、感情を失って毎日生きていることがしんどいんじゃないのかよと思われそうだが、この問だけは一生懸命考えたいのだ。

 

 

そうでなければ、なんのために、今日まで悩んで辛い思いをして死ぬことまで失敗して生きてきたかわからなくなってしまう。

 

放棄してしまうことが一番辛いと思った。

 

 

 

私は毎日タバコ吸いたいとか、お昼何食べようとかそんなことも考えているが、こういう話もどこかで生きている中でしたいと考えていた。

 

この生きることや死ぬことを考えるのが自分の軸なので。

 

ずーっと苦しいことばかりじゃない、沢山おもしろおかしいこともあった。

 

そういうものを織り交ぜながら、情緒不安定な毎日を残していけたらいい。

 

 

今はもうある程度生きていくコツや知恵を身につけたので憂鬱とは仲良くやっている。

 

 

 

ということで今日は今から気分を上げるため美味しいコーヒーでも買いに行こうと思います。

卵の話

ということで、前回はジムの話をしたが

 

戒めその2として1時間分歩く以外に、タバコを我慢した。

 

 

偉すぎる…

 

もう最近はなんでもいいから自分をたくさん褒めることにした。

 

 

 

ジム行くならタバコをまずやめろというツッコミが飛んできそうだ。

 

 

違う

 

そうじゃない。

 

 

私はタバコを吸うために運動をしているのだ。

 

 

タバコで少しでも体の老化を防ぐために筋トレやらなんやらやって現状維持を保とうとしている。

 

そのための運動である。

 

1日1箱のタバコが週1のジムで相殺されてるのかは疑問だ。

 

多分されていない

 

 

 

酒乱の喫煙者だが、意外と健康オタク的な一面はある。

 

 

 

確かに年齢のせいか以前より、脂っこいものが食べられないとか量をたくさん食べられないとかそういうのはある。

 

でも肉はちゃんと食べようとか、野菜もしっかり取ろうとかそういうことは意識するようにしている。

もともとギトギトで重い食べものがそんなに好きじゃないというのは救われた。

 

飲酒も喫煙もして、さらにスパイスとか激辛なものまで好きなのでそこに脂っこいものが加わったら食道ガンまっしぐらな未来しか見えない。

 

 

 

あとは乾燥がひどすぎるのと、代謝を落とさないために水をよく飲むようには気をつけるとか。

 

特別何かしているわけではないがちょこちょこ生活の中で気にかけてみたりはしている。

 

 

 

特に私の究極の健康維持アイテムとして日々活躍しているのが

 

 

だ。

 

 

私は卵が大好きだ。

 

最低でも1日1個は食べるし、多い日は3つほどゆで卵にして食べる。

 

 

好きすぎて以前職場で地縛霊のようにゴミ箱に張り付いてずーっと殻をむいていたため板東英二というあだ名がついた。

 

 

コンビニで買う味付きゆで卵は茹で加減もちょうどいが、家で作るやつがコスパもいいし塩分も気にならないのでオススメ。

 

 

沸騰した湯に卵を入れて9分間煮るのがちょうどいい茹で具合。

 

大量に作って冷蔵保存をする。

 

作り置き、これぞ丁寧な暮らし。

 

 

 

卵というとコレステロール値が気になるので1日せいぜい1個か2個までと言われていた。

 

が、しかし!!実際はそんなことないのである!

 

今この栄養素が改めて見直されている。

 

完全栄養食品として食事からとることしかできないアミノ酸をたくさん含有しており食べるべき食材なのだ。

 

今ではそこまでコレステロール値は気にされていない。

 

しかも加熱することによって腹持ちもよくなる。

 

焼いたり炒めるのも美味しいがそのまま食べることのできるゆで卵が私の命を保っていると言っても過言ではない。

 

ズボラ人間にぴったりとしか言いようがない。

 

気のせいかお酒を飲む前にも1個食べておくと悪酔いしないような気がする。

 

 

 

 

 

ゆで卵にするのがめんどくさいと、コップに割り入れてかき混ぜて飲むこともあるのだが

 

そのときはニンベンのつゆという、めんつゆを数滴垂らしてロッキーのように飲んでいる。

 

ご飯を用意するのがめんどい。

 

 

にんべん つゆの素 1L

にんべん つゆの素 1L

  • メディア: 食品&飲料
 

 

 

若干お値段はすこし張るがオススメのつゆだ。

料理にもなんでも使えて便利。

 

みんなで卵を食べよう。

リカバリーの話

今日も計画的に生きられていますか。

 

 

これをやろうと思って毎日過ごすのはなかなかそうもいかない。

 

予定帳にやろうと思ったことを書いても実行できないのは普通だし、目標なんか書いても永遠に達成できない。

 

まず手帳を開かなくなる。

直近の大きな用事はでっかく書いて冷蔵庫に書いて貼るなどしてしまう。

 

 

 

今日私は早速朝から予定をガタ崩しして失敗した。

 

今年に入ってから、健康のためと決まった用事を何か1つでも作るようにしようと思い

 

ジムに通い始めた。

 

だがどうも予約が取るのが難しく、自分の好きなタイミングでなかなか作れないでいるのだ。

 

 

普通の使い放題ジムなら行くタイミングに問題はないが、それだとおそらく何をしていいかわからなくなったことを理由に行かなくなるので、パーソナルに行くことに。

 

パーソナルって高いんじゃないのと思われがちだが、行かなくなるジムの月会費を考えたらその都度行くようにしたほうがいい。

 

今は探せばかなり安いところもある。

 

正直私は食事指導はいらないので動かすことを念頭に選ぶようにしている。

 

以前もでっかいスポーツジムのプールに通っていたが、そこに来ていたおばさまたちとプールの中でプカプカ浮かぶだけの優雅な時間を過ごしてしまった。

結局私は、泳ぐことも水中で歩くこともせず、ただ水に浮かぶだけのために高い金を払っていた。

 

はたまたパーソナルに通った際には、飲まなければ済む話なのに「あそこで出してるプロテインが美味しくない」などというわけのわからない言い訳をして最早いくのをやめていた。

 

 

今思い返すとわけのわからない行動が多いので自分の無理ないペースでもう一度試みようと思う。

 

少なからず誰かしらの目に留まるここに書いてしまったのでやめづらさが若干出てきた。

 

誰か尻を叩いてくれ

 

 

目標としては週1くらいのペースでは行くようにしたいのだがこれが結構上手くいかない。

 

体と気持ち的には行きたいのだが、安くて会員が多いせいか空いている枠が早朝とか、仕事がどうしても入りやすい時間になってしまう。

 

今日に関しては7時台の予約だったのだが、しっかり寝坊して(あと10分起きるのが早かったらちゃんと間に合ってた)キャンセルを入れた。

 

この私が朝に予定を入れること自体そもそも間違っている気はしている。

 

でも今日は、行きたくないという気持ちより動きたいという気持ちが勝った、珍しいことに。

 

 

 

ということで悔しいのと、戒めのために、ジム1時間分を朝歩いてきた。

 

あとジム往復分の20分も今日のどこかで補おうと考えている。

 

 

ジムをサボってしまった罪悪感はとりあえず消えた。

 

 

私は計画がうまく進まないともう全部が嫌になってしまうのだが、最近リカバリーすればそれによる気持ちの浮き沈みを抑えられることを覚えた。

 

今日見たく自業自得で予定を変えることも多いのだが、一旦はあーあ、このあと全部うまくいかないと感じても、そこから何とかやり直せる節が多くなった気がする。

 

 

 

リカバリーもできることとできないことが多いので、そういうときのメンタルケアはまだうまくコツをつかめていないが、とりあえずは何とか他でどうにかしようと前向きに行動できている。

 

 

気がする。

 

 

 

確かにジム1回分お金は無駄にしたが、その分の運動は済ませたし、そのあとサボった分もとを取ろうとして作業にも集中して取り組もうと思う。

 

なんの元なのかはよく分からない。

 

 

というか日々予期せぬことで自分が悪くないのに予定が変えられてしまうことも結構あるし、そういうときは頭にくるがもうしょうがないなって感じ。

 

 

これは前向きというのか、諦めに近いのか。

 

 

 

問題は、そのあと何をするかで変わると自分に言い聞かせるための記録。

 

 

写真を撮る撮らないの話

久しぶりにパソコンを触ったような気がする。

 

 

2、3日少し電子機器から離れて、ゆったりと過ごすようにしてみた。

 

 

 

しかし現代人なので(?)仕事の話が来ていないか気になって携帯はチェックしてしまう。

 

どこか遠くに1週間ほど無縁な生活をしたいが多分無理だろうな。

 

 

 

 

数日前、知人と食事に出てこんなことが話題に上がった。

 

食べ物の写真を撮る撮らないについてだ。

 

 

私はどちらかといえば基本毎回は撮らないが、特別な写真や誰かに送るときは撮ったりする。

 

 

人によってこれは違うと思うが、毎回必ず撮る人もいれば、絶対撮らないという人もいる。

 

たまに一眼レフフル装備で撮影をしている人を見かけると、有名なSNSのレビュアーさんなのかなとか、ブロガーさんかなとか、ついつい考えてしまう。

 

 

 

まぁ最近は携帯のカメラがいいので誰でもかなりよく撮れる。

 

確かにこういった写真は見返すと楽しい。

 

どこで何を食べたとか、これは美味しかったとか、また食べたいとか。

 

少し前に書いたうなぎの話の写真。

私はうなぎに至っては必ず毎回撮っている。

 

 

なぜか。

 

 

写真を見てそれをおかずに白飯を喰らうためだ。

 

私は想像力が豊かな方なので割となんの食べ物の写真でもいける。

 

最近はデリバリーやテイクアウトが流行っているのでポストに色々な飲食店の知らせが入っていることが多い。

 

それを見ながら

 

 

よし!きょうは肉だ~~!(ハンバーグとか焼肉とか唐揚げとか)

 

とか

 

 

きょうは寿司じゃ~~!!!

 

と楽しい日々を送っている。

 

 

 

 

文字にして読んでみると悲しい…

 

😭

 

 

 

 

いつか挑戦してみたいのは、白飯を持ってうなぎ屋に行き

その匂いでご飯を食べるということ。

 

「匂いだけで食べれちゃいそう」

 

という言葉をよく聞くが、実践したことがある人は少ないだろう。

 

私も画像ではあるが匂いだけでいただいたことはない気がする。

 

ということで近いうちにまずは家の中でいい香りを立ち込めてやってみたい。

 

 

 

話がずれたが、私は絶対何があっても撮らないと決めている食品がある。

 

 

それは揚げ物だ。

 

 

特に、カウンターで食べる天ぷら。

 

滅多に行くことはないがカウンター天ぷらは目の前で揚げ油が弾ける音がしたり、家では楽しめない料理なのでとても楽しい。

 

見た目も食材の色が見えるくらいの衣できれいにあげられるために画像に収めておきたい気持ちもめちゃくちゃある。

天ぷらの断面なんかも素敵だ。

衣と食材の層になっているところを見ると幸せな気持ちになる。

 

 

が撮らない。

 

 

揚げたて命だから。

 

もうそんなの撮っている暇があれば、さっさとあっつあつの天ぷらを口に閉じ込めたい。

 

天ぷらは数秒が命取りになると勝手に思っている。

 

それをいつまでもキャーキャー言いながらいろんな角度で撮っていたらもったいないと思ってしまう。

 

また、一品一品テンポよく出されることもありその合間に撮影という行程を入れたくない。

 

出される→ハフハフしながら食べる→ふは〜と言いなが味わう→冷たい飲み物で口内を冷やす→また食べる

 

この繰り返しをずっと続けたい。

 

 

串カツもそうだ。

 

串カツに関しては肉眼でも中身がなんだかよくわからないことが多いのに、写真で撮って後で見返してもきつね色の何かということしかわからない。

 

であれば私は猫舌ではないのですぐに食べてしまいたいのだ。

 

 

あとは卑しい人間なので食事時は、すぐ食べたいという欲がいつも勝っている。

 

そんなこともあって食事は割と集中して楽しみたい。

 

 

ちなみに友人は全くと言っていいほど撮らないが、いつもいつも撮る人は気になってあまり一緒に食事したくないとのこと。

 

私はどっちでもいいが、いつまでも食べないレベルの人はちょっとなぁ…という程度。

 

 

いつまでも食べないどころか、以前もっと迷惑な人と食事したことがある。

 

ある人と食事をした際のこと。

私の注文したものも一緒に写真に収めたいというので、了承して対面の人の方へ皿を寄せた。

 

 

撮るとしてもせいぜい2、3枚だろう。

 

 

撮る様子をじーっと見ながら待っていた。

 

 

 

 

 

しかし皿は一向に帰ってこなかった。

 

やれ角度が、やれ光の当たり具合が、端っこに指が入った、皿の油が×◯@⭐︎☺︎△!…

 

 

 

私は心に決めた。こいつとは2度と食事をしない、と。

毎回これだと地味にストレスがたまる。

一緒に撮りたいというのを拒絶するのもなんだかなぁ言いにくい気もする。

(それ以外では普通の人なんだが。)

 

 

ここまでの人はそうそういないが、さすがに温かいものがすぐ食べられないのは辛すぎる。

 

 

食べ物の写真撮る撮らない論争はしばしばSNSでも話題に上がるので面白い。

 

 

皆さんはどちらですか。